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「その人に釣り合う自分になりたくて、たくさん背伸びして…少しでも近くにいたかった。…でも、結局は…自分を演じることになるのよ」
私は越石くんをゆっくりと見た。
「背伸びをすれば、ふらつくし、疲れちゃう。ずっとは…していられないの」
「俺が背伸びすることは…無駄ってことですか?」
「ううん。そうじゃないよ。背伸びしたっていいよ。好きな人の前では誰だってそうするもん。でも、やっぱりずっとは無理。ちゃんと力を抜いて、いつもの自分でも向き合わなきゃ」
彼は黙って聞いていた。
「やっぱり…ありのままの自分を…好きになって欲しいじゃん」
「…はい」
彼は静かに答えた。
これじゃあ……私が話を聞いてもらっているようなものだ。
「ああ、しんみりしないでさ、楽しく飲もうよ。ほら、ごめん、私のせいだけど。もう一回乾杯ね。そしたら今度こそ悩みを聞くから」
越石くんはグラスを低い位置で掲げた。
「乾杯」
「かんぱい」
私たちのグラスは小さな音を立てて中の液体を揺らした。
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