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四.カットの貴公子
「いただきま~す」
居酒屋の開店前の仕込みが終わり、
カメオは座敷席で大将とママとテーブルを囲んで壁掛けテレビを観ながら賄い飯を食べる。
毎日、観ているのはビューティー&ヘルシー&グルメをテーマにした主婦向けの情報バラエティー番組『マダム・タイム』だ。
『さて、大人気の奥様変身コーナー。ヘアメイクの担当は表参道のヘアサロン・マロンの栗本恭平さんっです~っ』
「……っ」
陽気な司会者の声にママはガパッと顔を上げ、テレビに注目する。
画面に美男子の恭平の姿が映る。
「イイ男よね~。俳優やってもいいくらい」
どんぶり飯を頬張り、ママは画面にウットリ…とする。
栗本恭平は昨今、ブームと言ってもいいくらいの人気美容師である。
ママの言うとおり、俳優も顔負けの美男子で自らプロデュースしたヘアカラーのCMにも出演している。
「あ。このヒトっすよ。蔵人さんが青山の『リッチ』って店にいた時に後輩だったってヒト」
思い出したようにカメオが言うと、
「え~。ホントにぃ?『リッチ』って芸能人が行くような有名店でしょ。この恭平って主婦のアイドルなのよぉ。『カットの貴公子』って、大人気なんだからぁ」
ママは疑わしそうな顔をした。
画面には華麗にシザーを振る、恭平が映っている。
「ごちそうさまっ」
カメオは大急ぎで食事を終えると居酒屋の惣菜を入れたタッパーを取って、
半袖Tシャツの上に長袖シャツをはおりながらバタバタと、
「開店までに戻りますからっ」
慌しく店を出る。
「何だ?カメ、こんな時間っから、あんな食いモン。捨て犬でも飼い出したか?」
大将はグビリとお茶を飲む。
「やあだ。そこの美容室の蔵人さんに持っていくのよぉ。一緒に暮らしてた女に逃げられちゃたんですってよぉ」
ママはさも愉快そうに笑った。
「ホント、お人好しだな。カメの奴」
大将はぐうたらしている蔵人に好感を持っていない。
苦々しい表情でお茶をすすった。
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