第1話 亀はクールにゴールを目指す

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一.海辺の田舎町 (居酒屋のバイトへ向かう道) (俺は公園の向かいの道をのろのろと歩く) (べつに名前がカメオだからではなくて…) すっきりと五月晴れだ。 カメオは病院の脇のなだらかな坂の上から光る海を眺めて眼を瞬いた。 陽差しに照り返されて海面が眩しい。 カメオの暮らす海辺の町。 コンビニも深夜営業せずに夜は十一時に閉店というド田舎だ。 雑誌だって発売日より二日ほどは遅れて店頭に並ぶ。 利便とも迅速とも遠く懸け離れた町。 こんな田舎町で育ったせいか『名は体を表す』のとおりなのか、 カメオはのんびりとした風貌の若者である。 若者というよりは少年といったほうがピッタリかもしれない。 三月に高校を卒業したが小柄で童顔のカメオはよく中学生くらいに間違えられる。 毎日、午後四時にカメオはバイト先の居酒屋に向かう。 のろのろと歩いて横断歩道で立ち止まり、車道の向こう側の公園に眼をやる。 女子校の並びの公園。 (……いた…。スケッチ少女だ…) セーラー服姿で公園のベンチに腰を掛けてスケッチをしている少女にカメオは眼を留めた。 「……」 少女は花壇のツツジの花をジッと真剣な眼差しで見つめている。 肩までのサラサラ髪が頬に落ちると鉛筆を持った指で耳に掛ける。 白い肌の清楚な横顔。 「……」 信号待ちをしながら、カメオは少女にウットリ…と見惚れた。 「……」 視線を感じたのか、ふいに少女がスケッチブックから顔を上げる。 カメオと眼が合った。 「……」 ドギマギとしてカメオはたじろぐ。 視線をそらして信号を見ると、ちょうど青に変わった。 「……」 ホッと安堵して横断歩道を渡る。 キャ。キャ。 カメオの向かい側から女子高生三人連れが賑やかにやってきた。 「もえ~~~。バイバ~~イ」 三人は公園に向かって手を振った。 「……」 カメオは横を振り返って見る。 ベンチのスケッチ少女が三人に軽く鉛筆を振りながら笑っていた。 (もえ…。もえっていうんだ) カメオの頬に笑みが込み上げてくる。
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