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六.夕陽が沈む
その日の夕方。
「……」
居酒屋の出入り口でママが表を見ている。
外した眼鏡をエプロンで拭きながら、
「あらら。もう、あんなに無くなっちゃった。早いわねぇ」
しんみりと言った。
斜め向かい三軒目の蔵人の美容室は解体が進んで焼けた柱が数本残っている状態だった。
「全焼したモン、早く取り壊さないと倒れたら危険だからな」
大将は焼き鳥の仕込みをしながら、さも当然といった口調だ。
「……」
ママと並んで外を眺めカメオは胸が痛んだ。
焼けた柱が黒くシルエットに浮かび、海の向こうにオレンジ色の夕陽が沈んでいく。
(…蔵人さんが入院している間に季節は夏から秋に変わっていた…)
火事から二ヵ月後。
景色は秋の気配である。
土曜の昼過ぎ。
カメオは急行に乗って買い物してきたユニクロの袋を提げ、いつもの横断歩道に立った。
公園のベンチにはスケッチ少女がいる。
「……」
カメオは風景のように眺めた。
今さらのようにハタと気付く。
「そか…。もう秋なんだ…」
カメオが中村病院に入る。
休診でガランとした広いロビー。
長椅子にブルーの上下の診察着姿の蔵人と五歳くらいのパジャマ姿の男児が並んで座っていた。
『うさぎとかめ』の絵本を読んでやっている。
カメオが歩いていくと蔵人の声が聞こえた。
「この亀ってのは薄情な奴だよな~」
蔵人は口を尖らせて言った。
「……?」
男児は『薄情』が分からないらしくポカンとしている。
「もしかして、兎が昼寝じゃなくってよ、具合が悪くて倒れていたんだったら、どーするよ?」
「かわいそ~」
「な~?お前が亀なら知らん顔で通り過ぎたりしねぇだろ?」
「うんっ」
男児はコックリとうなずき、壁際の本棚に絵本を戻しにパタパタと走っていく。
男児とすれ違いにカメオは蔵人に近づいた。
「…蔵人さん」
男児の方を見て蔵人はニヤけている。
「意外に俺って子供に好かれる性質なんだよな~」
「……」
カメオは胸が塞がるような気持ちになる。
男児が別の絵本を持ってパタパタと戻ってきた。
「おじちゃん。こんど、これ、よんで」
差し出した絵本は『アリとキリギリス』
蔵人はまた口を尖らせブスっとし、
「また今度なっ」
ぶっきらぼうに答えた。
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