第1話 亀はクールにゴールを目指す

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その翌日。 大部屋の病室。 カメオが行くともうベッドに、蔵人の姿は無かった。 空のユニクロの袋がベッドの横に置いてある。 「…いなくなった?」 カメオは隣のベッドの中年患者に訊き返した。 「あ~。気が付かない間に出て行っちゃったみたいだね~」 中年患者は隣の空いたベッドにチラリと眼をやる。 「……」 カメオは病室の窓から空を見つめ、やりきれない表情になった。 その頃。 女子校の並びの公園。 スケッチ少女、もえがベンチに座っていた。 「……」 真剣な面持ちで美術冊子を開いて見ている。 ページには【学生絵画コンクール受賞作発表】と見出しにある。 最優秀作、入選、佳作、と順に眼で追う。 紙面の下のほうに眼を留め、 「……」 表情が固まる。 【山本もえ】 選外の自分の名前を見て、冊子をバサッと乱暴に閉じ横へ放り投げた。 ペタリ。ペタリ。 「カメ~。ホンット、ボンヤリだな。アイツ…」 蔵人はブツクサと言いながら、ペタリペタリと坂道を下っている。 カメオの買ってきた服を着ているが足元は病院のスリッパである。 カメオは靴を買うことまでは気が付かなかったのだ。 見舞いの全財産五万円の包みをポケットにねじ込む。 「……」 横断歩道に立ち、蔵人は公園に眼をやった。 ベンチのスケッチ少女に気付く。 「ふ~~ん…」 蔵人は何か思い付いたように、公園に向かって歩き出した。 一方。 病院を出たカメオは居酒屋のバイトに向かう。 「……」 坂の上から海岸の方を見る。 数人のサーファーの姿。 蔵人がいる訳もない。 トボトボと横断歩道まで来る。 「……」 公園の正面口にスケッチ少女が立っている。 カメオの姿を認めると近づいてきた。 「……?」 カメオはキョトンとして少女を見る。 「……」 少女はおみくじのように結んだ大きな紙を黙って差し出した。 「…え?…蔵人さん?」 結び文には、 【カメへ くろうど】 とミミズの這ったような汚い字で書いてある。
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