第2話 狐の嫁入り

9/36
前へ
/300ページ
次へ
それに気が付く様子も無く、 「…あら?あの写真」 アヤがカウンターの中に置いてあるB5サイズほどの写真立てに眼を留めた。 「ああ。うちのヒト。元力士なのよぉ」 ママが得意そうに化粧回し姿の大将の写真を取り、アヤに手渡す。 「えっ?ホントに?」 恭平が写真を覗き込んで化粧回しの刺繍の文字を読む。 「…琴岩石…?大将、佐渡ヶ嶽部屋だったんですかっ?」 にわかに恭平の眼が輝く。 「あ。恭平、お相撲、大好きなのよね」 可笑しそうにアヤが言う。 「へええ~」 意外そうな顔をするカメオ。ママ。大将。 貴公子のような恭平と大相撲は似合わない。 「あの肉と肉のぶつかり合い。ビッタンビッタンいう感じが堪らないですよねっ。東京の場所には必ず行ってますっ」 恭平がキレイな二重の眼をキラキラさせて熱っぽく言うと、 「ほお~」 大将の腫れぼったい一重の眼も輝く。 たちまち相撲談義で打ち解ける大将と恭平だった。 「うぬぬ…」 「うりゃっ」 数分後には二人は座敷のテーブルを隅にどけ、大将が恭平に得意技うっちゃりを伝授し始めた。 「のこった。のこった」 団扇を手にママが行司の真似をする。 ゴロン! 大将にうっちゃられて畳にゴロリと倒れ、 「ウハハッ。ま、まいった~」 恭平は子供のようにケタケタと笑った。 「あんなに美男子なのに恭平さんって、ちっとも気取らなくて屈託の無いヒトよねぇ」 ママはますます恭平にウットリとする。 「…恭平さん。最初、蔵人さんの店で逢った時には嫌味なヒトだな~と思ったけど…」 カメオは今の恭平には好印象を持った。 アヤはフフッと笑って、 「あ~。嫌味よ。蔵人にはね。『リッチ』にいた頃に『下手くそ、下手くそ』言われて蔵人によく泣かされたから。…リベンジなのよ。恭平」 ふいに思い出したように、 「あっ。蔵人ね。やっぱり東京に戻って来てるみたいよ。知り合いが飲み屋、手伝ってる蔵人に逢ったって…」 アヤが言った。 「え?」 それを聞いて、カメオの眼も輝く。 「ホ、ホントっすかっ?何ていう店すかっ?」 せっつくようにアヤに訊ねる。 「あ~。聞かなかった。…いいわ。そのヒトに訊いて分かったら、カメオ君にメールする」 ケータイを取り出すアヤとカメオ。 お互いのメールアドレスを教え合った。
/300ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加