第2話 狐の嫁入り

10/36
前へ
/300ページ
次へ
三.姉と兄 夜十時近く。 カメオが家に帰ると居間のソファーに万亀男と千鶴子が座っていた。 「あれ。サオリさんは?」 カメオは居間を見渡して訊ねた。 まだカメオだけサオリに逢っていなかった。 「赤ん坊、寝かしつけてる」 ソファーに山盛りのぬいぐるみをクッションの代わりにしている千鶴子が答えた。 「なんだカメ。今頃、帰ってきて。ちゃんと勉強やってるのか?」 万亀男が夕刊から顔を上げてカメオを見た。 「やってるわよね~?」 カメオの代わりに千鶴子が答える。 「……」 無言でカメオは頷く。 居間に置きっぱなしにした看護専門学校の資料を万亀男が手に取った。 もう受験票も届いて、試験日は来月の初めである。 「何で、よりによって看護師なんだ?…お前は次男なんだし、どんな仕事を選んだって自由なのに。それに看護師なんて大変な仕事、カメには、もっと…」 「いいじゃないの。遺伝子に組み込まれてるのよ。カメちゃんだって、うちのコなのっ。病院の仕事が潜在的に身に染み込んでるのよ。あんた、昔から、すぐカメちゃんだけ病院から仲間ハズレにするみたいなこと言うわよねっ」 万亀男が言い終わらないうちに千鶴子が早口で反論する。 「俺は、カメが病院に縛られて自由な選択が出来ないと可哀想だと思って。それに病院なんかより楽な仕事させてやった方がカメには…」 「それが余計なお世話なのっ。カメちゃんは小さい頃から看護師になりたかったのよっ」 また万亀男が言い終わらないうちに千鶴子が反論する。 「姉貴はいっつも、そうやってカメの味方ばっかりするんだよな」 「カメちゃんが言えないから、代わりに言ってあげてるのよっ」 千鶴子と万亀男はすぐに言い合いになる。 カメオより十一歳上の姉と九歳上の兄。 年が離れているせいか二人ともカメオには過干渉なのである。 「……」 いつもカメオは口を挟めない。
/300ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加