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離婚の時を最後に、今まで電話の一本すらなかった。それが何故今になって電話をして来たのか。離婚後は、その時付き合っていた男と再婚したと訊いている。自分とは築けなかった温かな家庭を作って、幸せになって欲しいと真剣に願っていた。
別れて2年半。沙織が気にすることがあるとすれば風太のことだろう。もしかしたら風太を引き取りたいのか?・・・昨日電話を切ってから幾度も胸の内に沸き起こった疑問を否定するように、圭太は被りを振った。
大丈夫だと言い聞かせる。あいつは確かに母親だが、一度は風太を捨てたのだからと。ーー今更だと。しかし、言い聞かせた端から不安に苛まれた。
風太を手離すことはしたくないし出来ない。あの時なら兎も角、今の圭太には風太の居ない生活など考えられなかった。
「お待たせ」
物思いに耽ける圭太の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。顔を上げると、コーヒーが乗ったトレイを手に持つ沙織が目の前の席に座るところだ。会社の事務服に身を包んだ姿に違和感を覚え、圭太は眉根を寄せた。
「・・・働いてんのか?」
首を傾げた沙織が自分の姿を見下ろし「あ、これね。そうそう働いてんの」そう言ってニッコリと笑う。
「背に腹は変えられないでしょ?働かざる者食うべからずってね」
「旦那の稼ぎが悪いのか?」
確か旦那はスポーツジムのインストラクターだと訊いている。明け透けな物言いをする圭太を、沙織はクスリと笑い首を振った。
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