第5章

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「余計なことって・・・怒った?」 「いや・・・」 不安気に見上げる沙織に首を振った。 「現に助かった。あの時、修也に声を掛けられなければ、本当に路頭に迷っていたから」 ありがとうと、感謝の言葉を伝えると、沙織が面映そうに笑った。しかし、その後直ぐにしかめっ面を浮かべる沙織を、圭太は怪訝な顔で見た。 「・・・沙織?」 「・・・かなり複雑。頼むんじゃなかったって思ってる自分もいるから」 沙織はそう言うと、肩を竦めてみせた。 大通りでタクシーを捕まえる。沙織を後部座席に乗せ「気を付けてな」と声を掛けた。 一瞬物言いたげな顔を向ける沙織を無視し、圭太は一歩退く。扉が閉まり車が走り出すのを見送った。 「さて、帰るか」 圭太は一度大きく伸びをすると、修也の待つ、あの古ぼけたビルへと踵を返した。 歩き慣れた夜道を一人歩く。空を見上げれば、暗い夜空に鉛色の雲がかかっている。その雲の合間から時折三日月が顔を出しては消えてを、繰り返していた。 街灯に照らされた道は人通りもなく、冷たく吹く風が寂しさを募らせた。以前修也と歩いた道。触れるか触れないかの距離が心地良かった。繋いだ手の温もりを思い出し、圭太はひっそりと笑った。 通りの向こうに、真っ暗な5階建てのビルが見えて来る。圭太は自身の時計に目を走らせた。 ーー23時。1階部分のエントランスのみ灯りの点るビルを見上げ、何とも言えない威圧感に圧倒される。 「・・・修也は帰ってないのか」 溜め息と共に独りごちた。
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