第5章

85/178
前へ
/599ページ
次へ
帰れないと伝えれば、大丈夫だと修也は言うだろう。ゆっくりしてくればいいと、さらりと口にするはずだ。そんな修也を想像するだけで、胸の奥がチクリと痛む。 零れそうになる溜め息を飲み込んで、電話を掛けた。数コールの後、耳に心地よい低音が響いてきた。 『はい、麻生探偵事務所です』 息を吸い込み、その声に耳を傾けた。黙ったままの圭太に、修也が訝しげに『もしもし?』と繰り返す。その声すら愛しくて、胸が苦しくなった。 『・・・圭太か?』 「・・・っ」 名前を呼ばれ息を飲んだ。 『圭太だろ?自分の職場にイタ電してんじゃないぞ?』 苦笑混じりの修也に「・・・良く、分かったな」と呟いた。 『・・・何となくな』 曖昧に言葉を濁し『どうした?』と続けた。 「・・・ああ。・・・暫く、こっちに居ることになるかもしれない」 最初に仕事の話をしようと思ったのに、失敗した。 『そうか、いいんじゃねぇか?久しぶりの実家だろ?たまには親孝行してやるんだな。こっちのことは気にすんな、大丈夫だから』 電話口から聞こえてきた想像通りの言葉に落胆する。そして、修也にいやだ、寂しいから早く帰って来いと、ごねられたかったのだと、自覚した。
/599ページ

最初のコメントを投稿しよう!

418人が本棚に入れています
本棚に追加