418人が本棚に入れています
本棚に追加
男に振られて落ち込んでいるとは、言いたくなかった。
「・・・父ちゃん」
風太の気遣うような声音が胸に刺さった。風太には実家に向かう道すがら、修也と喧嘩したのだと話してある。ケンカとはまた違うのだが、圭太がどんよりと落ち込んでいる原因が、修也とのことにあると勘付いているだろう。
その瞳が、仲直り出来なかったのか?と口にしない言葉を伝えていた。圭太は無理やり笑顔を作り、大丈夫だと笑ってみせた。
「・・・圭太?」
呼び掛ける母親に顔を向けると、神妙な顔をする母親と目が合った。
「お肉、美味しくなかった?」
突然、眉尻を下げた圭太の母親が、惚けた質問を投げかけて来た。一口も口にしていないのに、不味いも何もない。圭太は目を瞬いた。
「・・・はっ?」
およそ数十秒固まった後、怪訝な顔をした。
「なんで・・・」
「何だと?肉がマズイ?100gいくらすると思ってんだ。霜降りの最高級の牛肉だぞ?マズイはずがないだろう」
肉がマズイになるんだよ。その言葉は激昂した父親によって遮られる。
「いや・・・」
「味合わないで食うからそんなこと言ってるんだ」
誰もそんなこと言ってないだろ。圭太の反論は、鍋から肉を取り出し、どんどんと皿に乗せる父親によってまたもや遮られた。
「だから」
「父ちゃん、おれの肉も食うか?」
圭太の皿の上に、風太が自分の皿から肉を持ち上げ、そっと乗せた。
圭太は顔を引き攣らせ、家族の顔を見渡した。最後に、自分の前に置かれた山盛りになった皿を見つめる。
これは一応、慰めているんだよな。理由は分からないなりに、落ち込む圭太を気遣っているのだろう。余りにも的外れに思えたが、圭太はその気持ちに心の中が暖かくなるのを感じながら、箸を手に取った。
最初のコメントを投稿しよう!