第5章

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『私、仕事が6時に終わるからさ、半頃に駅前で待ち合わせね』 「行かないって言ったよな」 『面倒くさいから黙って』 面倒くさいから黙って?あまりな言いように、圭太は絶句する。 『じゃあ、待ってるから』 ショックを受けて固まっている圭太にそう告げると、智花は早々に電話を切った。通話の切れたスマホを見つめ、圭太は大きく溜め息を吐き出した。 ◆ 午後6時半。なんだかんだと言いながらも、圭太は待ち合わせ場所の駅前まで来ていた。口では憎たらしいことを言っていた智花が、本心では様子のおかしい圭太を気遣い、誘って来たのだと分かっていた。素直になれないのは同じ遺伝子を持つ兄妹だからなのか。 もうちょっと、可愛げのある誘い方をしてくれば、文句も言わず素直に応じてやるのにと思うのだが、まぁ、お互い様だろう。 電車が到着したのか、改札から沢山の人が吐き出されてくる。気難しい顔をしたサラリーマン。仕事終わりのOL。学校帰りの学生。家路へと急ぐ彼らを、圭太はなんとはなしに眺めていた。 家族が居るのかもしれない。一人暮らしかもしれない。どんな場所でも、彼らが先を急ぐ場所はきっと居心地の良い場所なのだろう。自分の居場所を持ち、帰る場所を持つ彼らを羨ましいと思った。
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