第5章

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圭太は夜道を歩きながら、沙織の言葉を反芻していた。後悔したくないから、プライドは捨てるのだと言った。残り僅かでも可能性があるなら諦めない。沙織は捨て身で圭太に迫った。 そんな沙織に対して自分の取った行動を思い返し『失敗した』と圭太は自己嫌悪に陥る。元々、貞操観念が希薄な圭太は、キスに対して思い入れはない。だが、抵抗することなく受け入れた形になってしまったあのキスの意味を、沙織はどう受け止めただろうかと思えば、憂鬱になる。 浮気だと、断罪する相手は居ない。だからこそ、たかがキス一つ、思い悩む必要もないと思うのだが、別れ際の沙織の上機嫌な様子を思い起こせば、そうも言っていられないような気がするのだ。 「・・・プライドかぁ」 沙織が捨てたそれは、もちろん圭太にもある。だからこそ、縋り付くこともせず、修也との別れを受け入れた。 みっともない自分を見られたくなかった。そんな自分を見せるくらいならと、別れを選んだ。なら、それを捨て去り、諦めないと言い切った沙織は、圭太が修也を思う気持ちよりも、強いのだろうか。 違うと、被りを振り掛け止めた。否定出来ない自分が居たからだ。男だからとか女だからとか、性別は関係ない。ようはどれだけの思いを相手に抱いているか、なのだとしたら圭太に否定は出来ない。 修也への想いに嘘はない。先の見えない未来に、修也との生活を夢見た。共にヨボヨボのじいさんになっても、変わらず傍に居たいと思ったのは、修也だけだ。 不確かな未来だったが、それでも夢見ていたかった。
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