第5章

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次の日の夕方、圭太は母親と共に台所に居た。 風太は父親と散歩に出かけている。優先順位で二位の位置にいた仕事が三位へと脱落し、今は絶讃有給消化中だ。 因みに、一位は母親だ。 台所で忙しく立ち回る母親を尻目に、圭太はぼんやりとテーブルに頬杖を付く。視線は母親の動きを追っていたが、心はここにあらずだ。 ずっと、昨日の沙織の言葉を思い出していた。諦めない。それはひどく不思議な言葉に思えた。 何かを遣り遂げることを諦めない。例えばそれが仕事なら、圭太にもある程度、理解出来た。 しかしそれは、状況を把握し、先を予測し、諦めないことで、成果が出ると判断した場合のみだ。 ほんの僅かの可能性に賭けるなんて、そんな博打にも似た行為はしない。そうやって生きて来た。 恋愛なんて、予測不可能だ。人の気持ちなど複雑怪奇なものを相手にするのだ。愛情や恋情を相手が持ってくれるなど、確率的にも低い数値だろう。況してや、圭太は『その気はない』とハッキリ宣言している。 それなのに沙織は諦めないと断言した。 (まあ、キスを受け入れちまったんだがな) やっぱり、あれは失敗だったと溜め息を吐き出した。
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