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第4話
結婚して3年。祥子の文男に対する熱は急速に冷めていた。
新婚当初は素晴らしいと思った文男の饒舌さも、最近はうとましく思うようになっていた。それもそのはず、昔の甘い言葉とうって変わって、最近の彼の口から出てくるのは、祥子に対する不平不満ばかりなのだ。そんな言葉を聞きたくない祥子は、1年ほど前から、自分から一方的に喋って、文男に喋らせないようにしている。
また、仕事上で、文男が小さな嘘をたくさんついているのをさんざん目の当たりにしてきた今、祥子は彼のことが信じられなくなっていた。
この前などは電話口で中古車を売り込むのに、相手に実物が見えないのをいいことに、サビついたポンコツ車のことを「オールドモデル」だとか「ヴィンテー ジ」だとか「レトロ」だなどとうまいことばかり言っていた。それを聞いたとき、祥子は、自分もこの手口に騙されて結婚してしまったにちがいない、と思ったのだった。
夫との関係が冷め切っている祥子に、他の相手ができたとしても不思議はない。実際、彼女は、1カ月ほど前から、ある人とつきあい始めていた。
ただ、つき合うといっても実際に会ったことはなく、今のところはメールのやり取りだけ。相手の顔も年格好も分らない。わかっているのは「WINDOWS98」というハンドルネームだけだった。その彼は、一種のシャレのつもりでレトロなOS名をハンドルにしているようだった。
彼とはメル友募集の掲示板で知り合った。最初にメールを出したのは、夫との不仲でむしゃくしゃしていた祥子だった。
『WINDOWS98』は自己紹介のメールの後、いきなり、あからさまな愛の告白をはじめた。「恋しくて夜も眠れない」、「…君をだきしめたい」、「死ぬまで放さない…」などなど、来るメールの全てに熱烈な愛の言葉がしたためられていた。
まるでラブソングから抜き出して来たかのようなベタベタの言葉に、最初祥子は警戒した。この人は頭おかしいのではないか、と思った。しかし、祥子が宇宙食の話題を持ち出し、それに関わる有機化学について書くと、『WINDOWS98』は話に完全について来た。そればかりか、祥子の知らない科学的知識や、学際分野での最新の研究について教えてくれもした。
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