第3話

3/3
前へ
/56ページ
次へ
 祥子は研究者として優秀で、NASAとの共同研究プロジェクトのメンバーにもなっている。近いうちに主任に昇進するらしい。しかし、この祥子の職業が、文男には悩みの種だった。この1年間、文男の夕食は、祥子が持ち帰る試作品が続いていた。 「人を実験台にするなよ…」  言った文男はそこで言葉を止めた。もうこのことで、何回も喧嘩をしている。 「…ところで仕事はどうなんだ? うまくいってるの?」文男は話題をずらした。 「そうね、いまのところ順調。宇宙線がモジュールの壁を突き抜けて食物タンパク質の分子構造を変化させるとわかった時はたいへんだったけど、それから分子のイオン化の……電子の放出が…、…30ミクロン以下の波長で…」 「もういい…、わかった、わかった」  専門用語ばかりの話にいらいらした文男は、祥子を止めた。これもいつものこと。しかし、自己主張の強い祥子はまだ話し続けようとする。 「43もあるメニューはどれもおいしいって評判だし、そのラザニアは一番人気があるのよ。それに…」  文男は急にテーブルに手をつき、大きな音を立てて立ち上がった。  「人気なんかなくてもいいから、俺は、普通の…、普通のラザニアが食べたいんだ!」  祥子は黙り込み、無表情になった。それが彼に反発する時のいつものやり方だった。文男が感情的になればなるほど、祥子の気持ちは冷たくなり、態度は落ち着き払ったものになる。今も祥子は、ガラスのように平板な調子で言った。 「それなら、どこかで食べてきたら?」 「ああ、わかったよ!」  文男は、テーブルの上の鍵をひったくると、祥子をひと睨みしてから出て行った。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加