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出発
常に新緑の季節にある王都は、今朝も過ごし易い、気持ちのよい晴天だ。
今日は暁(ぎょう)の日。
ミナ・ハイデルは北西隣国カザフィス王国に向けて出発する。
同行者は護衛のイルマ・リ・シェリュヌ、セラム・ディ・コリオ、パリス・ボルドウィン。
ミナは馬車から降りて、マデリナ・クィッテを見上げた。
初代白剱騎士にちなみ名付けられたその船は、白木の流線が美しい優美な船だった。
白木は本来の色を失ってはいるが、そのくすみは年代を重ねて造船当初とは違う趣を加えていた。
船首には赤いサイセキが埋められ、船を護っている。
ミナは誘われるように桟橋の横の階段を降りていく。
思いがけない動きに、荷物を下ろすのも放り、薄い茶金の髪を翻し、イルマは後を追う。
川縁にしゃがんで水の中を覗き込んでいたミナは、次の瞬間、石を手にして無邪気な笑顔を見せる。
「見付けたっ」
そう言う手の中には、濡れた彩石(さいしゃく)がひとつ。
彼女はそれを急いで拭くと、階段を上がりかけ、ふとイルマを見て、謝った。
「あっ、急にごめんねっ」
青い瞳孔に緑の虹彩を持つ不思議な瞳に顔を覗き込まれて、イルマは赤くなる。
もう少し余裕を持っていればこんな気を使わせないのに。
「とんでもないことです。どうぞ自由に」
ミナは困ったように笑って、ありがとう、と言った。
改めて、階段に向き直って上がる姿を興味深そうに眺めるのは、カザフィス王国の第一王子であるジエナ・ルスカ・フォレステイト・ナサニエリ・カザフ、旅の同行者だ。
ミナは彼のもとに急ぎ寄り、手に持った彩石…サイジャクを差し出す。
「どうぞお役に立ててください。今のサイジャクが使い終わったら」
それは、陽光に碧玉のきらめきを見せる、ジエナの瞳の水の色だった。
深い澱の、涅色。
ジエナは受け取って光に透かし見、感心したような声をあげた。
「初めて見る色だ。暗いが落ち着くな…何より、すごく馴染む」
言いながら、目の前の彩石判定師を冷や汗を浮かべて見た。
「こんなものを一瞬で見分けるとは…」
「はいっ。探すのは得意ですっ」
にこりと笑うが、はっきり言って得意不得意の問題ではない…。
「船に乗るぞ」
そう言ってミナを促したのは、もうひとりの同行者、風の宮公デュッセネ・イエヤ、通称デュッカだ。
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