小説家Dの誤算

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 ~1st time~  ここはどこだ?  見覚えの無い白い部屋。そこでベッドに寝かされていた。ふと見れば、不安げな顔の妻が座っている。じっと眺めるうち、彼女は僕に気づいた。 「あなた……」  震える声を漏らしたかと思うと、僕の胸に顔をうずめ、泣き始めた。「よかった、よかった」と繰り返しながら。  何がよかったのだ。どうして泣く。一体これはどういうことだ。戸惑う僕に、妻は真っ赤な目を向けた。 「なんで自殺なんかしたのよ」  ああ……。そうだ。僕は、自ら死を選んだ。しかしここにこうしているということは、それは失敗したということか。それならよかったとは言えないじゃないか。 「ねぇ」  泣き止んだ彼女は責めるように僕を見る。 「そんなにつらかった?本が売れないことが」  そうさ。君に苦労をかけてまで夢を追い続け、ようやくデビューにこぎつけたけれど、大衆は僕の本に興味を示さなかった。これで生活も楽になると思っていたのに、書いても書いても金にならない。そのうちに編集者の態度も冷たくなった。たぶん、もう本は出せないだろう。売れないのだから。 「でもね、死んじゃったらおしまいでしょ?生きてれば、きっと売れる日は来るはずよ」  妻は慰めの言葉を口にするが、そんなことあるものか。天地がひっくり返りでもしない限り、僕の本が大勢の人に読まれる時代なんて来やしない。  その時の僕はそう思っていた。しかし、それは前触れもなしにやってきた。 「先生、重版ですよ」  数日後、病室に駆け込んできた編集者の第一声だ。冗談か、何かの間違いかと思っていたらそうではない。確かに売れているのだ。僕の本が。  小説家が自殺をした。僕の名はあまり通っていなかったものの、それでも新聞に載り、ニュースにもなった。いまどき入水自殺を図ったということでワイドショーにも小さく取り上げられた。それらを見た人が興味をおぼえ、本を手に取ってくれた。そこから口コミで広がったようだ。ネットのショッピングサイトではランキング1位にまで上り詰めていた。  妻の言うとおり、死んだらおしまいだ。あの時あのまま死んでいたら、この感動は味わえなかったのだ。
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