桃の木と夫婦

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 それは昔、地中海に浮かぶとある小さな島でのこと。まだ二十歳に満たない若夫婦が誕生した。  そこは男の両親の所有する島であったが、代々子供が夫婦となると親は島から離れる習わしだった。若い夫婦は二人きりでこれからの人生を歩んでいく。その為だけの島。島の端から端まで平地草原。潮の満ち引きで島の大きさが二倍近く変化する。小さく、そして何もない島。  ただそこにあるのは家族三人が暮らすには十分な小さな木造の小屋と、傍に生えた一本の桃の木。  男は幼い頃からこの桃の木に生る実だけを食べて育ってきた。一日一つ。ただそれだけですくすくと何一つ病気にもならずに育ってきた。不思議な桃の木。一日三つの果実を実らせ、毎日欠かさず果実を実らせ。雨の日も風の日も毎日変わらぬ実をつける。  夫婦はゆっくりとした時間の中で、草原に寝転んで空を眺めたり暖かい海にその身を任せて揺蕩ったり。毎日幸せと呼べるそんな日々を過ごしていた。  桃は一日三つの実をつける。一日一つで十分な栄養を得られる桃も二人ならば一つ余る。分け合って食べることもあったり、たまにその実を餌に釣りをしてみたり。生きていくには余剰のそれは日々の娯楽に当てられた。そんなある日、女は言った。 「そろそろこの桃を外に持って行って他の物と交換してはどうかしら」  幸いなことに、男の両親が出て行く際に大陸まで渡るための小舟を用意してくれていた。衣服や家財、その他必要なものがあれば大陸に渡って手に入れられるようにとの配慮だった。男は両親からの教えを思い出す。港町の魔女屋敷、そこで桃を何とでも交換してくれると。  代々夫婦となる相手を紹介してくれるのも他の何でもない、この魔女屋敷の魔女である。 「そろそろ薪も減ってきたところだし、魔女屋敷まで行ってみようか」  男の決断で即日決行。まだ日も登り切っていない朝の事だった。
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