08.虚空の瞳

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「ミノっ」  突然、桶子が叫ぶ。  それと同時に縄がゆらり、と揺れて、音もなく引っ込み、  そして、醜悪な顔が”降ってきた”。  とっさに僕が飛び退くと、それは圧倒的な質量を以って地面に叩きつけられる。頭を地面をめり込ませ、その衝撃が周囲への振動をもたらしたと共に、その臭気がどっと押し寄せてくる。飛び退いた位置からさらに数歩後退りして、ようやく僕は怪物の全体を見渡すことができた。  まず目についたのは、"複数の脚"である。茶色で筋肉質な脚に太い体毛が敷かれ、それが怪物の左右に四本ずつ、計八本生えているのだ。それらを支える背中は黄色と黒の縞模様。蜂の体色と同じ、警戒色だ。八本もの脚を持つためか、丸っこくも見える。その背中に、さらに球状の腹部がくっついている。腹部も腕と同様、茶色い体毛に覆われている。また、その先端には何かを噴出すると思われる棘があるのが分かる。  棘から射出されるものが"糸"であると、僕は自然に思った。  そして、僕は巨体から、ある生物を連想する。  節足動物門、鋏角亜門。  それはまさしく、クモ網の蜘蛛であった。  巨大な蜘蛛を前に、ぞわぞわと生理的な嫌悪が全身を駆け巡る。粟立つ肌を抱く腕もなく、僕は代わりに桶をぎゅっと抱きしめた。巨大な蜘蛛は、頭から落下した姿勢を崩さず、ぴくりとも動かない。微動だにしないその姿が、余計にいつ動くのかという不安を煽る。
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