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「……死んでる?」
その様子に耐えかねて、桶子にそう尋ねると彼女は首を横に振った。
「起きるわ」
その言葉を待ちかねたように、蜘蛛の体が動き出した。
顔面に乗っていた土が、上体が起こされると同時に持ち上げられ、重力に従って落ちていく。土の塊が落ちる度に、その形相も少しずつ表れた。豊かな髭はよだれと土でまみれ、人と同じ形状の鼻と、爛々とした目が、激しく充血した目がこちらを向いている。それも、蜘蛛と同じ、複眼であった。六つだ。左右に三つずつの目が、どれも充血したように赤く、中心には黒目がぽつぽつと浮かんでいる。
人と蜘蛛を一対九でたすと、こうなるのだろうか。
「ヒと……、こどモ……」
蜘蛛から声が聞こえてくる。その声はぎり、ぎりと、のどを締め上げるようにか細く、痛みに苦悶している。
「まタ…、マただ……。こドもがふた…リ」
絞りぬかれた声と一緒に、大量の吐しゃ物が撒き散らされる。そこから漂うのは胃液に似た酸っぱい臭いだ。それを鼻で吸ってしまったからか、急激な吐き気を催す。僕は片手で口を押えた。のどにまでせり上がるものを、短い呼吸を繰り返すことで抑える。
「くウ……、ぜんぶ、ぜンぶくう」
いくつもの瞳は、それぞれ別の方を見ていた。しかし、その内の一つはまっすぐ――まっすぐこちらを見据えて離さない。どこまでも黒い瞳の奥に、なにがあるというのだろう。旺盛な食欲か、はたまた深淵たる哀切か、もしくは情すらないのか。
そんな狂気の視線を受けて、僕は反対にその瞳を覗きこんでいた。
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