08.虚空の瞳

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「桶子!」  桶子はどこだ、と周りを確認する。車酔いのような感覚に耐えて、僕はぎぃぎぃと歯ぎしりする蜘蛛と、その手前に投げ出された包丁、そして倒れている少女を見つけた。両手を投げ出して、体の正面を地面に向けてしまっているから顔を伺い知れない。  蜘蛛は、歯ぎしりをしながら怒りを孕んだ目でこちらを睨む。その目は、さきほど僕が魅入ってしまった時と同じ部分だ。それ以外の目は憤慨を表しているのか、ぐるぐるとせわしい。 「ヨけた……なぜ、なゼ」  ぶつぶつと呟く蜘蛛は、やがてその瞳らを一点に集めた。ぎょろり、と桶子だけを捉えて離さない。桶子は気を失っているのだろうか、動かない。  このままだと、まずい。 「おマえから、オマエカラ……!」  僕は反射的に駆けだした。  唸り声を上げて、蜘蛛は大口を再び開くと桶子の体を地面ごと飲み込もうとする。その勢いに気圧されまいとして、僕が二人の間に割って入った。  蜘蛛の進行方向から避けるように、桶の縁だけを掴むと横に飛ぶ。そうしたら、桶から桶子の体だけが引っこ抜けていった、なんてこともなく、体も一緒についてきた。  これも、寸でのところでの回避だった。蜘蛛は僕らを追うことができないまま、地面に激突していく。桶子を持った状態で受け身が取れる訳もなく、こちらも肩から地面にぶつかっていった。
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