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尖った砂利がいくつも食い込む。腕を擦ったようだが、この暗さでは傷の程度は分からない。懐中電灯も、一度目の攻撃の際にどこか行ってしまった。熱を帯びた腕を今だけ無視して、桶子をひっくり返す。
「大丈夫か?」
「……大丈夫」
こちらを向いた桶子は、いつもの気だるげな表情で、しかし両手で鼻を押さえつつ答えた。この状況下でも通常運転で安心したが、鼻については、僕を突き飛ばした時に正面から落下したからだろう、とても痛そうだ。
「ごめん」
それだけ言って、僕はまた蜘蛛と向き合う。
蜘蛛は二度に渡って攻撃を避けられたからだろうか、歯が擦り切れそうなくらいに顎を動かしていた。口の端から血が滴り、汚物にまみれた髭にも色が広がっていく。
「マた、ヨけ……タ」
「避けなかったら喰われるんだろうが」
言語を発しながらも、話の通じなさそうな相手に僕は思わず罵る。凍えていた感覚が腕の痛みによってなくなり、全身に力がみなぎっていく。それどころか、頭にアドレナリンが行き渡ったおかげで、口からは感情があふれ出ていた。
「たくさん、人を喰ってきたような見た目しやがって……。桶子と、ここまで違ってしまうものなのか?」
おぞましき妖怪を前にして、僕は恐怖を通り越して怒りが湧いてきていた。
「桶子は人を喰わなくても、驚かすだけで腹が満たされる燃費の良い子だぞ。それなのに、お前はどうして人を喰う? 人を喰わなきゃ、生きていけないってのか?」
「ヒと…、ヒト…、ひと」
妖怪は、『人』という単語を繰り返し、うめくばかりだ。
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