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言葉になっていない声をあげる蜘蛛から距離をとると、ついに背中が大樹に触れた。蜘蛛は遠くなった僕らのことに目もくれないようだ。ひたすらに同じような単語を、何度も、何度も反復している
絶好のタイミング。
僕は桶子の顔を見た。生気に満ちた表情で小さく頷くのを確認して、合図を出す。
「行くぞ、桶子」
真上の枝までは、当然ながら僕の背丈以上の高さがある。普通に持ち上げるだけなら届かない。よって、僕がしたことは、
「捕まれ!」
桶子の桶を投げることだった。
膝を曲げ、両手で桶を足の間に持って行くと、そこから真上に放り投げた。桶子の重さは、人の子供(の妖怪)とは思えない程に軽い。運動部に所属していないくらいなので威力は心許ないだろうが、それでも彼女は勢いよく飛んだ。
桶子の姿は枝のすぐ側まで近づく。が、届かない。彼女の影は急激にスピードを落として、やがて制止した。落ちる、と頭の中でよぎったと共に、影から二本の細い紐が射出される。桶子の白い帯が枝に絡まり、届かなかった距離を瞬時に埋めた。
思った通り、捕まったようだ。
そっちは頼んだ、と桶子にサムズアップを向けると、彼女は両手で大きく丸を作って応答した。
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