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「ヒと、ニゲ……るナ?」
先ほどの掛け声で気づいたのだろうか、蜘蛛はぎぃぎぃとのどをきしませながら言う。
「ヒト、ゼ…ブ……、クう。ジャま……ジャマスルナ」
地面に着いた胴体を八本の脚で支えると、蜘蛛は僕の方を睨みつけてきた。いくつもの瞼が全て引ん?き、周囲を見渡していた目も一点だけを注視している。その圧迫感は全身を射抜くよう、というよりは飲み込んでしまいそうである。
幾重もの視線に晒されて、心臓の鼓動は凍りつく表情と裏腹に激しく高鳴る。悪寒は全身に及んで脳を麻痺させにかかるが、僕は拳をきつく握りしめ、叫ぶことで恐怖を外に吐き出した。
肺の空気を入れ替えようと、意識的な呼吸を何度もする。ぜぇ、ぜぇ、とのどを鳴らすのを無視して、繰り返した。
次は僕の役割を果たす番だ。
「……行くぞ、蜘蛛野郎!」
僕は蜘蛛による硬直を振り切って、奴のもとへ走り出した。
蜘蛛の周囲には死が渦巻いている。その脚に踏まれれば胸が骨ごと潰され、その歯に食い千切られれば半身が持ってかれるだろう。その蜘蛛に僕は接近していった。
「ヒと、クう…、人」
蜘蛛は僕の動きに反応できない。僕がいたはずの場所を見ていた六つの目が、対象物を失ったことで再びばらける。感情の読めない瞳から完全に解放されて、僕は足を速めた。
怪物との距離が縮まるが、速度は落とさない。僕は微動だにできないであろう蜘蛛の脇をすり抜けると、地面の包丁と偶然、目に留まった懐中電灯を掴んで転がった。傷を負っていた右腕に、鋭い痛みが響く。やはりというべきか、手をやると、ぬるりとした感触があった。
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