第1章

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 昂は、すぐに目を覚ましたが、頭を角にぶつけていた。血は止まり、応急処置はしたが、心配であった。 「病院に行こう」 「嫌です。病院に行けば、精密検査とかになるでしょう。その間、遊部さんは居てくれるのですか?いないでしょう?」  検査を待ってもいいが、昴が入院となれば、付き添いまではできない。 「遊部さん、すぐに、興味の趣くままに消えるでしょう。その度に、俺が倒れる」  どうも、今回も俺が離れたせいだと思っているらしい。 「昂君、今回は、殴られて気絶していたよ。俺は、傍にずっといたし」  昴は、返事をせずに管理人室に入ると、氷で頭を冷やしていた。 「本当に大丈夫?」  昴は、居間に胡坐をかくと、ため息をついた。 「ここは、遊部さんには無理です。成己の言う通りです」  回収屋に襲われるのは、想定外であった。 「俺は、儀場さんの夢にだけ共鳴するのではありません。危険な人物の夢を共有します」  儀場は危険であるのか。 「俺は、黒煙の夢を共有しました」  夢とは架空の世界と思いがちだが、そうではなく、記憶の格納処理なのだそうだ。脳が記憶をしている時に、やることのない他の脳の部分は、動いていないのに電気信号を与えられ、勝手に世界を見せている。 「黒煙は、ここで、幾人も死においやっていました。でも、証拠は何もない」  失踪、行方不明、家出、殺人にはなっていないが、人間は消えていた。死体があるから殺人で、死体が無ければ失踪なのだ。 「百舌鳥さんに説明しましょう」  ここでの仕事の継続は、危険であるらしい。  生葬社に戻ると、ラッシーまで来てしまっていた。ラッシーに帰れと言っても、帰ろうとしない。 「誘拐になるでしょ、こっちが」 「ワンワンワン」 『常に家出しているので、飼い主は驚かない』  そういう問題ではない。怒ろうとすると、百舌鳥が店長室から出てきた。 「そうか、黒煙か。で、昴君は黒煙の記憶を記録したね。詳しく、報告書を作成してね」  真剣な百舌鳥は、やはり、やり手のサラリーマンの面影があった。 「丼池君が、黒煙を追い払ったのね。そうだね、黒煙は逆恨みするタイプであるから、今後は、丼池君もアパートに近寄らないほうがいいね」  俺のせいで、丼池がマークされてしまったであろうか。俺が、頭を下げて反省していると、百舌鳥までもがハンカチで俺の頬を拭いた。 「遊部君、泣かないの」
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