第1章

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「俺は、大学に合格して、兄さんと暮らします!それまでの限定で、そこにいてもいいです。綾瀬さんの仏前に新住所を置いてきます」  実徳、思い出の中では優秀ないい子であったが、こんなに押しが強いとは思わなかった。けれど、俺と暮らすなど、親は絶対に許さないだろう。 「はい……」  俺は、実徳の迫力に押されて返事しかできなかった。 「押し切られましたね……遊部さん、らしい」  又、走り出した車の中で、丼池がかなり笑っていた。  昴も、笑いを堪えている。 「何か変か?」 「いいえ、実徳君の気持ちが、よく分かるな、と」  丼池が、又、クククと笑う。 「遊部さん、無防備すぎです。遊部さん、田舎では毛嫌いされていた、その容姿、ここでは、多分、極上の極み?ですよ。美形を通り越して、夢みたいです。絵みたい?幻?とにかく、それで、中身がお節介で可愛いもんだからね」  今度は昴も笑う。 「そう、俺達の両親がやったみたいに、気が付くと拉致って閉じ込めたくなる」  いや、今までも、どうにか生き延びてきたので、それなりに俺もしたたかかと思う。  それに、この容姿って言っても、所詮、男であった。女性と異なり、腕力もそれなりにある。大学時代は、格闘技もやっていた。顔を殴られるからやめろと止められたが、ボクシングもしていたことがある。喧嘩でも、素手ではそう負けない。 「……俺、喧嘩は強いよ」 「でも、口で丸め込まれる」  確かに口喧嘩は、非常に弱い。 「それに、俺なら腕力でも遊部さんに勝てます」  丼池が自信を持って言ってくる。俺はまじまじと丼池の腕の筋力と、自分の腕を見比べてみた。  腕相撲では負ける。それは分かるが、やはり敵わないものなのか。 「今度、決着をつけてみよう」  そうか、俺の過去を丼池は知らないのだ。 「俺、ボクシングをしていたよ。他に空手も」 「そうですね、そんな感じはします。重心が安定しているし、動体視力も良さそうだ」  それでも、丼池の勝つ自信は揺らいでいなかった。  家に到着すると、昴の風呂に同行する。昴もリハビリのせいか、少しは歩けるようになっていた。風呂場には、手摺りも設置されたので、もう一人でも入れそうだ。  この段違いの手摺りは参考になる。丼池が提案したと言うが、使い易くできていた。 「遊部さん、湯船に入ります」  腰にタオルを巻いて、昴の補助をして湯船に入れる。
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