第1章

4/61
前へ
/61ページ
次へ
「落ちていた靴は、子供の靴?どのようなものでしたか?」 「あまり、記憶がありません」  そうか、細部がないのか。大きな男、でも、見たのならば、他の特徴があってもいい。小さな靴も、そうだ。 「織田君にも会えるかな?」 「はい。でも、織田は入院しているので、ここへは来られません」  織田の話も聞いてみよう。 「百舌鳥さん、病院に行ってきます」  来られないのならば、行ってみるしかない。  俺は安田と、織田の入院している病院に向かった。    生葬社の客というのは、どういう経緯で来るのかは、全く分からない。生葬社も公務員となっているが、どこに所属しているのかもわからない。  オーナーと呼ばれる儀場については、更に不明の存在であった。ただ、儀場の能力を使用すると、代金ではなく、体か能力で支払いになる。  最近、ここに来た人を、儀場の餌食にさせまいと、俺は必死に働いている気もする。  生葬社も、普通の客には、手数料のみ徴収し他の代金は取らない。あくまで、俺達は公務員であるのだ。  駅から電車に乗ると、隣に座っていた安田が、地面を凝視していた。 「具合が悪いの?」 「いいえ……」  でも、安田の顔色も悪かった。血の気が引いてきているのかもしれない。 「……織田は、勇弥が居なくなって、表面では悲しんで心配していましたが、ある時、言ったのです。これで、邪魔がいなくなったね、と」  弟が行方不明で、兄の言う言葉ではない。しかも、帰って来ないよというような、響きを孕んでいた。  安田は、織田が生きている内に、真実を織田に語って欲しいのかもしれない。 「あ、降りるね」  駅に降りると、まだ早いのに蝉が泣いていた。蝉は、泣いていた、鳴いていたではなかった。 「ミンミンミン」 『仕事が辛くて過労死だった』 「ミンミンミー」 『俺はバカだ。何も言わずに死んでいた』  ……蝉というのは、愚痴を言っていたのか。でも、たまたまなのかもしれないが、聞こえる声に俺は耳を塞ぎたくなった。 「遊部さんのほうこそ、具合が悪いのではないのですか?」  いいや、蝉の声に眩暈がしただけだ。この、言葉を翻訳してしまう能力のせいで、俺は、生葬社にスカウトされて現在に至る。  でも蝉に記憶があるということは、通過者なのであろう。通過者の記憶を回収するのは、生葬社の仕事であった。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

89人が本棚に入れています
本棚に追加