第1章

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 駅から出ると、耳に手を当て方向を確認する。駅前の柵の中の木の上に、蝉の鳴き声がしていた。 「……あの、遊部さん」  柵を乗り越える俺を、安田が不審そうに見ていた。 「いた」  良かった。蝉が低い位置にいてくれて。蝉を手に取ってみると、何か、金属のようなものが手に落ちた。  俺は、通過者ではないので、この金属が記憶媒体なのかは分からない。 「蝉、鳴いてみて」 「ミーーーー」  ただの蝉の声になったので、この金属で合っているのだろう。 「……何ですか、その金属」  安田が、俺の手の中の小さな棒状の金属を見てから、真っ青になった。  柵の中で、大人の男二人が蝉を採っているのは目立つ。急いで柵から出ると、蝉を空に飛ばした。短い時間でも、懸命に生きて欲しい。  蝉から取った金属は、かなり小さいので、ハンカチに包むと、鞄にしまう。その金属を、安田は、俺が鞄にしまうまで、青い顔をしたまま凝視していた。 「病院に行こうか」  駅からバスも出ていたが、そう遠いわけでもない。歩き始めると、駅から病院の看板も出ていた。  駅から病院までは、長い登坂で、近道と書かれた看板を曲がると、細い急坂が待っていた。  道に面した民家の塀からは、枝垂れている黄色い花が咲いていた。  駅から、ほんの僅かに離れただけで、静かな住宅街になっている。本当に静かで、車も一台も通らない。  病院に到着するまで、安田は無言であった。 「こっちに病室があります」  到着したのは、十階建て以上の建屋が、三棟ほど並ぶ大きな病院で、受付にはかなりの人がいた。これならば、駅からバスが出ていてもおかしくはない。  他にリハビリセンターのような建物も併設されていて、車イスの人が移動していた。  救急病棟もあり、通路にまで患者が溢れていた。包帯を巻いていたが、怪我人が、通路を横切る。俺は、自分が病院嫌いだったことを思い出した。患者の患部にある白い包帯が目に眩しいが、服には血が飛び散っていた。 「うわあ、血」  血を見ると、貧血になりそうであった。 「遊部さん……大丈夫ですか、足、震えていますよ」  それも、綾瀬(あやせ)が悪い。事故死した幼馴染の親友は、血塗れで死んだとか、血塗れで幽霊になったとか、様々な噂が飛び交い、夢に見るまで想像してしまったのだ。血を見ると、痛みを想像してしまって、耐えられなくなる。 「ごめん、少し、休む」
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