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この犬、人を怖がらせることに長けていた。でも、可哀想な犬に思える。これでは、他の犬とのコミュニケーションは難しい。あまりに思考が、人間臭い。
俺を転ばした犬が、やってきた男の足元で、暗い目をして笑っていた。
昴は頭を打ったのか、目を閉じている。頭から血が流れているが、手で押さえてもいないということは、意識が無い可能性が高い。早く確認したいが、昴と俺との間に、犬と男がいるのだ。
男は、体格のいい若い男で、目深に帽子を被っていて、顔はよく見えない。
黒いシャツに、ジーンズを履いていた。目立つ特徴は、何もない。
「……よく見ると、かわいい顔だな」
声が低い。言葉のアクセントから、関東に人間であるとわかる。語尾が強く、どこか挑戦的に聞こえていた。
「げ?」
どうして俺に寄ってくるのだ。しかも、ねっとりとした、視線を感じる。
「犬、こいつを攻撃しろ」
犬に襲わせる気なのか。やっと立ち上がると、俺は、犬と目が合った。唸る犬は、俺にかみつこうとしている。
「名前をあげる。君は今から、タケシ君、飼い主を変更してください」
犬が、更に唸った。タケシでは気に入らないらしい。
「ラッシー」
「ワンワンワン」
『良くわかっているじゃないか。まあいい、こいつ嫌いだし、飼われてやるよ』
洋風な名前が好きなのか、名犬だと主張しているのかは分からない。
更に近寄ってきたので、俺が後ろにさがると、ニヤリと笑った。
「儀場のいい人だよね。儀場、男、大好きだからさ」
あ、そうか。俺はボクシングをやっていた事もあった。
俺が構えた瞬間、男が消えた気がした。すると、間近に現れ、俺の頬を舐めた。
「儀場じゃなくてさ、俺と、いいコトしようよ。俺もうまいよ」
いつの間に、俺は隅に追われていたのか。身動きが取れなくなっていた。首を絞められて、キスを強要されそうになる。必死になって顔を背けると、腹に拳を叩き込まれた。
「キスくらい、ここでも、いいだろ。あとは、いい場所でぶち込んでやるからさ」
ぶちゅと、温かいものが、唇を塞ぐ。これは、気持ち悪い。全身に寒気がして、小刻みに手が震える。
嫌がるという気持ちが、よく分かった。しかも、男に力任せに迫られるということが、怖いというのもよく分かった。
女性が夜道を怖がるのは、こういう男がいるせいなのだろう。
男が、俺の頬を舌で舐め、首に吸い付く。
「ラッシー!」
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