89人が本棚に入れています
本棚に追加
ラッシーが男の足にかみつき、犬の後ろから丼池が現れ、男を投げ飛ばしていた。
間合いが取れれば、俺も殴れる。ストレートで殴り飛ばすと、男が笑いながら、姿を消した。
「煙?黒煙で消えた?」
姿を消した、煙のように消えていったのだ。
「回収屋の黒煙ですよ。あいつは、回収の能力は無いので、怖がらせて異物(インプラント)を外すのですよ」
ここの回収屋は、儀場が再起不能にしたと聞いていた。黒煙は、ここの住人ではなかったのだろうか。
「遊部さん。震えないで」
丼池が切なそうに俺を見てから、少し近寄る。俺が、丼池の手を見つめると、そっと伸ばしてきて、首に掛けていたタオルで俺の頬を拭いた。
「丼池君、皮膚、擦り切れる」
そんなにゴシゴシと拭かれたら、皮膚が無くなり、肉になりそうであった。
「あいつ、遊部さんを舐めるなんて」
丼池の無骨な手が、今は優しく感じる。
「遊部さん?俺も怖いですか?」
丼池が、小声で確認して、俺の目を覗き込む。
俺が首を振ると、丼池が笑顔になった。
「丼池君がいてくれると、すごく、安心できる。多分、部屋に閉じこもって鍵を掛けるよりも、丼池君が傍にいてくれるだけで、もっと、安心できたような……」
一人でいるよりも、二人のほうがいい。かつて、何をするのも、一人より綾瀬と一緒のほうが楽しかった。
「遊部さん、キスさせてください」
丼池の腕の中は安心できる。でも、先ほどのキスが汚くて、よく洗ってからでないと、誰にも触れさせたくない。
「丼池君、まず、昴君を助けないと」
「はい……」
丼池が、あきらかに拒否されたと思っていた。ラッシーが、じっと俺を見つめる。
「わん」
『分かってないな』
男の気持ちは分かるが、それと、これとは別物なのだ。
「ラッシー、家賃って、あの男が払っていたの?」
「ワンワン、ワンワン」
『違います。家賃は後ろのマンションの住人で、エサと散歩もその人です。でも、黒煙には借りがあった』
こんなに長い文章だろうか。でも、訳するとこうなる。
「異物(インプラント)なら、俺が処理するから、今まで通りに知らせて欲しい」
「ワンワンワン」
『それは助かる。あれはほっとくと危険』
丼池が、昴の頭の怪我を見ながら、心配そうに俺も見ていた。
犬と話しているのは、周囲から見れば異常であった。
最初のコメントを投稿しよう!