第1章

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 昴は、風呂場でならば、一人で歩けるようになっていた。これならば、もう一人で大丈夫であろう。 「遊部さん、背中を流してね」  痩せた昴の背であるが、どことなく筋肉も戻ってきていた。 「はい、出るよ」  昴をバスタオルで拭いてから、自分の体を拭いていた。そこで着替えを探すと、下着はあるが服が消えていた。代わりにパジャマが用意されていた。 「服はどこ?」  パジャヤマを着て服を探していると、丼池が歩いていた。 「丼池君、俺の服を知らないかな?」 「部屋にありますよ」  どこの部屋なのか、丼池が明けた扉の中に入ると、服があった。  服だけでなく、俺の荷物が全て部屋にあった。 「どういうこと?」  窓を開けると、防犯用という名の、鉄格子がはまっていた。  ドアを開けようとすると、外からでないと開けられないようになっていた。 「軟禁だよね、これ」 「逃げたのが悪いのです」  声の方向を向いてみると、居間に向かって嵌め殺しの窓があった。そこで、丼池家が団らんしていた。 「トイレとか、どうするのですか?」 「部屋にあります」  美奈代が即座に答えてくれた。 「黙っていなくなるなんて、どんなに悲しいか。暫くその部屋で反省してください」  ここは、反省部屋であるのか。 「この部屋を作ったのですか?」 「いいえ、親の介護に使用した部屋です。痴呆と、徘徊があったのでね」  俺は、老人と同じ扱いなのか。  俺は居間側の窓を、カーテンで閉めると、ドアに近寄る。  閉じ込められれば、出たくなるというのが、人の性だ。しかも、電子制御は、俺の十八番であるのだ。俺の荷物はあるので、ドライバーを出してから、ふと天井を見た。  天井ならば、簡単に出られる。  外れる天井から部屋の外に出ると、隣の部屋に降りた。  部屋に降りて、服の埃を叩いていると、部屋には丼池が立っていた。 「そんなに、嫌ですか?」  丼池が俺を抱き込んできた、黒煙に近寄られたときは嫌悪しかなかった。けれど、丼池だと安心する。 「嫌じゃない。怖い……だけ」  丼池の手が、そっと俺の顎に添えられる。風呂に入ったので、汚くはない。けれど、やはり、自分が汚く感じて、顔を背ける。 「俺では、ダメですか?」  肉体関係という面では、ダメだろう。でも、黒煙と同じという意味ではない。 「黒煙に触られて、俺、汚い……」  ゴキブリを手で握り潰したら、その感触は長く不潔として残るだろう。
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