第1章

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「安田君は、勇弥君だったのか……」  記憶も姿も安田になった、勇弥であるのか。だから、織田は勇弥を探さなかった。 「秘密基地には着替えもあって、勇弥は服を着替えて安田になりました。以後、ずっと安田です。その時は、どうにか怪我を誤魔化して、二度と秘密基地には行っていません」  次の俺の行き先は、この秘密基地なのかもしれない。 「……俺の本当の嘘は。安田の親友ではなかったこと、です。大好きでした、だから、勇弥ではなくて安田のままでいて欲しくて、誰にも言いませんでした」  言っても信じて貰えなかっただろう。でも、大好きになったら、親友ではいけないのか。俺も、綾瀬を思い出してしまった。 「好きだったら、親友ではいられないのかな」 「安田を抱きたかった、でも、勇弥が弟という事実もあって、我慢しました。安田であったのならば、土下座してもいい、付き合って欲しいと頼んでいました」  織田の言葉は、真実であると思える。勇弥が安田になっているので、気持ちのどこかにストップがあったのだろう。 第二章 明日が来ない日  病院の外にある喫茶店、和やかな空気の中で、織田が笑顔を浮かべてはいたが、泣いていた。 「……俺は死を考えてから、安田に嘘を付き続けるのが辛いのです……告白してしまいたいけれど、俺の気持ちを知って、安田に逃げられたくない。残りの少ない時間に、安田が居ないのは考えられない」  俺に、恋愛相談は無理であろう。何しろ、一人暮らしの彼女なしだ。 「そのまま、伝えてみたら?」  織田が、もし綾瀬だったとしたら、俺は、真実を言って欲しかった。死ぬ前に、キスの意味を教えて欲しかった。 「……どうして遊部さんが、泣きそうになるのです。別れ話みたいで、周囲がこっちを伺っていますよ」  感情移入してしまった。周囲を慌てて見回すと、俺は、無理やり笑顔を作った。 「遊部さん、笑顔になると二倍増しで美人ですよ」  作り笑いでも、笑顔がいいのか。 「安田君は、君の病気を知っています。きっと気持ちに応えてくれようとするでしょう。でも、それでも満足できないかもね」  同情ではダメなのだ。 「そうですね、同情は嫌です。俺が死にたくなくなるような、両想いになりたいですよ。でも、反面、俺が死んだら両親には何も残らないから、勇弥に戻そうとも思ったりして……ね」  勇弥か安田。これは、生葬社でも選べない。
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