雨のち別れ

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雨は好きだった。晴れている日よりは好きだった。 逆さまにひっくり返った傘に雨が溜まって、ふらふらと持ち手が揺れるのを見るのが好きだった。  彼は晴れの日も、雨の日も、どれも好きだと言った。変わらない天気のほうが好きではないと。 ならば私のことは好きなのかと尋ねたら、彼は困ったように眉を下げて傘を持ち直した。変わらない私などいないと告げると、彼は、変わらない君のほうが好きだと言った。 そう、と相槌を打ってやんだ雨を惜しんでいると、傘を閉じた彼は手を差し伸べて、にっこりと笑い、帰ろうと言った。私は少し大きな彼の手を取り、歩き出した。 ふと、彼の温もりが心に伸びてきて、急に目が熱くなった。 ポロポロと雫が流れ、頬を濡らした。 本当に行ってしまうの、と彼は繋いだ手に力を込めた。 私はきっと変わってしまう。そう告げると、彼の目からも雫が落ちた。じゃあ僕は変わらない、変わらない姿で君を待つとハッキリ言った。 何も言わず、ただ手に力を込めて、来ていた白い着物の裾で顔を拭いた。 情けない姿など、村の住人に見られたくなかった。 真夜中だというのに、松明を燃やして私を出迎えた村人は、私の目を布で覆った。 そして私と彼を引き離した。 手の温もりが消えて、一気に冷たくなった。 彼の顔はもう見えない。 「きっと君を変えさせる。変わってしまう君を僕が変えさせる、だから」 そうして彼の声は聞こえなくなった。山の鬼の雄たけびが聞こえたからだ。 村人は慄きひれ伏せた。私は闇の中でわずかな隙間から見える足元を見つめた。 持たされた花を手に、村人の案内のままに、石台へ上り、そこへ座った。 目隠しを取られ、視界が開ける。もう振り向くな、こちらを見るな、と小さな声で囁かれ、目を伏せた。 もう振り返ることはできないのだ。 私の後ろで地面に頭をこすりつけて、お救いくださいと懇願する村人の声がひっきりなしに聞こえてくる。改めて人間とは非力な存在だと知らされる。 死にかけている子供も救えず、自分のことばかりに夢中で、村を救うのは災いを呼ぶ異端児を生贄にすることだと、信じて疑わない。 私に何も力はないのに。私は悪くないのに。 人生とはいつも理不尽で、誰かの犠牲の上に成り立っているものだと思う。 それが私だっただけなのだ。受け入れなくてはならない運命。
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