本編

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***    深い眠りから覚めるように、重い瞼を押し上げる。  青々とした草の香りが鼻を掠めた。  目の前で大きな白い翼が風に揺れている。 「……三郎坊?」  ゆっくりと振り返ったのは、懐かしい顔だった。 「久しいな、律。痛みはもう平気か?」  ――あの声だ。  幼い律が大好きだった、低く優しい声。  草の上に横たわっていた体をゆっくり起こすと、律は三郎坊のすぐ側へと歩み寄った。 「……ボク、なんで忘れてたの? あの時なにしたの?」  天狗は困ったように律の頭を撫でた。 「この町でのことを忘れて、父親と幸せに暮らせるよう術で記憶を封印した。額にあった葉団扇の形の痣は術の印じゃ。どうやらあれが暴走してお前を苦しめたようだ」 「そういえば、頭痛くなくなってる」 「ああ、術を解除したからな。あの痣ももう消えてしまった。せっかく忘れていたのにすまない……」  検討違いの謝罪に、すぐには言葉を返せなかった。  十年も経てば律にだってわかる。  あの時三郎坊が自分とは一緒にいられなかったこと、なにも告げず記憶を封印してしまった理由も。  全ては律を大切に思っているからこその決断だったのだと。  ――だけど。 「羽根、返してよ」 「え……」 「友愛の証」 「……っ。ならん。わしと関わればまた前のようなことが起こるやもしれん」  頑なに拒もうとする天狗の不器用さに呆れ、律は真っ直ぐに瞳を覗き込んで言った。

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