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「それは仕方ないさ。僕が幼い頃住んでいたアパートは古くなって取り壊されて、オーナーも変わって立体駐車場になっていたし…。それに普通はもう二十年も消息なしなら、母はとっくに誰かと再婚してるだろうって思うよ。どう詫びたところで、長年蒸発したことの言い訳にはならないし、相手に受け入れられるわけがないと諦めるさ。だから父は自分を恥じて一人で生きていくことにした…けど、いつかばったり会えるかもしれないと、父もサンフランシスコにいた…転々とさすらいながら仕事をして…結局会えない日々が過ぎていった…ほんとにどうしようもない馬鹿だ!」
テッドは激したように言ったが、彼の頬から幾つもの涙が流れ落ちた。
「僕が…僕が、父を忘れないで、探していればよかったんだ!」
テッドの口からやりきれない後悔の言葉がほとばしり出た。アニタは元気づけるようにテッドの背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「幼い頃の記憶だけで、生きてるかどうかもわからない父親を探すなんて…難しいことよ。写真だって、さっきの一枚だけなんでしょ? ましてやエイダンさんは長い間、逃げ隠れする人生を送っていたんだから、あなたは自分を責めてはだめ。あなたは早くから父親がいないことを受け入れて、前を向いて生きることを決めたのよ。それはあなたにとって、とても大事な選択だったと思うわ」
家の軒先に吊るしていたウィンドベルが、風になびいてシャラランときれいな音をたてた。
アニタはテッドの頬を優しく撫でて涙の跡を拭い、彼を見上げて微笑んだ。
「キャレンさんもエイダンさんも、長い間、離れ離れでいても、その心は無意識に寄り添っていたんだと思うわ。会いたいのに会えなかったのはとてもお気の毒だったけど、二人の想いは消えなかった…お互いを想いあっていた…これほど純粋な愛が他にある? あなたはもう心を痛めなくていいのよ。あなたはエイダンさんをとっくに忘れたって言ってたけど、心はちゃんと覚えていたわ。その涙はエイダンさんのために流しているもの。父子の絆はちゃんとあったのよ」アニタは爪先立ってテッドの頬に軽くキスした。
アニタは自分の目にも浮かんだ涙を指で拭い、夫だけでなく自分も励ますように明るい声を出した。
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