1.テッドの両親

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「あれから五十一年後に、こんな日が来るなんて…。母は二十歳で僕を産んで…母にとっても五十一年の年月が過ぎた…同じ年月でも、母の時間はどれほど過酷で長かったろう…」 「昔、話してくれたあなたのご両親の思い出話、もう一度一緒に話しましょう」アニタがテッドの腰に手を回し、愛おしそうに抱きしめながら言った。 「ああ、いいよ。僕も頭を整理したい」テッドもアニタの肩に腕を回し、居間のソファに二人で座った。  テッドはソファの前のコーヒーテーブルに写真立てを置き、懐かしそうに話し始めた。 「僕は高校を卒業してから、二十一で君とニューヨークに行くまで、ここサンフランシスコで暮らしていた。父は、僕が四歳の時に蒸発するまで、貨物船に乗っていた。父は仕事上、年に四、五回くらいしか家に戻らなかった。家と言ってもアパートだけどね。僕は幼かったから父のことはほとんど覚えていない…と言いたいところだけど、実のところ、覚えていないのは、父の印象がすこぶる薄かったからだと思う。帰宅しても、父は寡黙な質(たち)で、うちで話し声を聞いた覚えもなければ、動き回っていた様子さえ記憶にない。うちにいるとき、父はソファに横になってずっと眠っていた…それが僕がわずかに覚えている父の記憶だ。父は小さい子も苦手だったのか、僕は父に遊んでもらった記憶もないんだ。この写真では、海辺に散歩にでも行ったらしいけど、僕は覚えていない」 「無理もないわ、三、四歳の頃のことですもの。でも子ども時代を思い返したとき、実の父親に父子の絆を感じないのは、やっぱり寂しいでしょうね」 「…でも今思えば、当時の父はまだ二十代半ばだった。その若さでは、子どもとうまく接することができない男は結構いると思うよ」 「あら、あなたは息子との関係はまあまあじゃなかった?」
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