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「仕事がすぐに決まってほっとしたでしょうけど、引っ越すことになって、キャレンさんは随分悩まれたでしょうね」
「顔には出さなかったけど、そうだったろうね。あとから聞いたことだけど、アパートの管理人に『エイダンと名乗る男が訪ねてきたら、ハワード邸に行くよう伝えてほしい』と母は何度も念を押して頼んだと言ってたからね」
「けれど、エイダンさんがハワード邸を訪ねてくることはなかった…」
「うん。でも僕は、ハワード邸の離れに住まわせてもらったことをとても感謝しているよ。離れにもクラッシックのピアノ曲や、フルートやヴァイオリン、いろんな楽器の音が漏れ聞こえて来て、僕は音楽が大好きになったからね。それに高校を卒業してからは、ハワード氏のマネージャーとして雇ってもらえて、彼のコンサート先で君とも出会えた」テッドはアニタの肩に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「ええ、不思議ね。もしエイダンさんが蒸発してなかったら、もしあなたがキャレンさんとハワード邸に引っ越さなかったら、もしあなたがジョフリー先生のマネージャーになっていなかったら…どれが欠けても私達は出会えなかった。それを思うと、私達が出会ったのは奇跡だわ!」
アニタは年を重ねても生き生きとした目をして、テッドに愛情のこもった微笑みを向けた。
「あなたからプロポーズされて、指にはめてもらった赤い石、ルビーの指輪…とてもきれいに輝いて見えたわ。それが元々エイダンさんがキャレンさんに贈ったものだと聞いて、そんな大切な物を託して下さるキャレンさんのお気持ちが、私、嬉しくて嬉しくて…」
「小さなルビーだけど、父が母のために一生懸命働いてプレゼントした指輪だった。母は父がそれ以上仕事で無理をしないよう『このルビーの指輪だけでいい、結婚指輪はいらない』って、とても大切にしていたそうだ。だからこそ指輪を君に託したかったんだ。母に熱心に語られたっけ…『もし私が何かの病気や怪我にあって、指輪を失くすようなことがあっては嫌だし、もし彼が老いて帰ってきたとき、その指輪が大事に身内に受け継がれていれば、そのとき私が天に召されていても、きっと私の想いは彼に通じるだろう』って…」
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