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ドアの先には小さな庭が見える。そこには二人の年老いた男女の姿があった。二人はただお互いを愛おしそうに見つめ合い、小声で囁(ささや)き合っていた。
海の香りが風に乗って辺りに漂っていた。庭に植えてある色とりどりのフォックスグローブの花が、二人の話を聞いて軽く頷くように揺れていた。
テッドとアニタはしばし庭の二人を見つめた。テッドが小声でアニタに言った。
「僕はね、ずっと父から愛されていないと思ってた。でもそれをどうこう思う暇もなく、僕の時は目まぐるしく流れていった。母や君やダンと幸せな時を過ごせていたんだって改めて思うよ」
「エイダンさんはフロリダで魔がさしたって話されてたわね。でもそれは、キャレンさんとあなたに楽をさせてあげたかった…エイダンさんは方法を間違ったかもしれないけど、私は妻子への愛情があったからこそ、そうしてしまったのだと思うわ」
「僕と母のために、フロリダのカジノで一儲(もう)けしようとしてたなんてね…。そんなこと母が望むわけがない。母は父が傍にいてくれるだけでよかったのに…僕だって、僕のためでなくていい、母のために傍にいてほしかったさ!」
声は抑えていたが、興奮したように言い放つ夫の腕を、アニタはいたわるようにさすった。
「エイダンさんはカジノで大負けして借金を抱えて、それを返済するのに二十年もかかって…それに加えて執拗な借金取りに追われて逃げ隠れしていたなんて、どんなに苦しかったでしょう!」
「僕と母に迷惑がかからないよう一切連絡もしないで、ほんとに馬鹿だよなあ!」
「やっと借金の返済が済んで、家族が住んでいるはずのアパートに戻ってきても、あなた達はいなくて、消息がわからなくて、一人孤独に暮らしていたなんて…エイダンさん…」アニタが長い溜息をついた。
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