第一章

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その頃、不思議な縁で知り合ったのが今の女房と言う訳だった。 初めて見た時、あまりのブスさに目をそらすことができなかった、と、同僚は言う。いわゆる怖いものみたさ、というヤツだ。 それがどんどん綺麗に見えて来た、というのだ。 そのうちに、かつて男が愛した婚約者の女そっくりの顔に見えるようになったのだ。 男は混乱した。 自分の目がおかしくなったのか。それともおかしくなったのは精神か。 自分は、婚約者のどこを愛していたのだろう。 あの、輝くような美しい笑顔を見ることは二度とできないのか。 それは、自分があまりにも卑屈な態度だったからか……。 しかし、婚約者は男のそんな悩みは知る由もない。婚約者は天使のように優しく微笑み男に尽くした。 男が病気の時にはつきっきりで看病し、男が少しでも不機嫌だと何事かと心配し、男が脱ぎ散らかした洗濯物は即座にアイロンがかかってタンスにしまわれるのだった。部屋はいつでもホテルよりもきれいに整えられていた。もちろん、どんなに遅く帰っても作り立てのご飯が用意されているのだった。 それなのに、男には婚約者の顔は、どんどん頬はこけ、ギョロ目で叫び声をあげているような顔に見えるのだ。彼女が笑ったはずの時でさえ、げっそりとやつれた叫び声にしか見えなかった。 男は、婚約者の整えた新居で心安らかに過ごすことができなくなっていた。 婚約者の料理に舌鼓を打つことができなくなっていた。 婚約者の顔を見る度に、言いようのない罪悪感と恐怖に襲われたからだ。
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