住み込み可。

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住み込み可。

この夏が終わったら、店を畳もうと思っている。半年ほど前から、私にはここで働くことが重荷になっていた。 純喫茶、〝こころ”。 以前までここの経営をしていたのは、気のいい老夫婦だった。旦那さんが亡くなられたことを機に、奥さんがお店を閉めようかと漏らしていた時に、何を思ったのか自分がやると言い出してしまったのだった。 「アルバイト募集中。住み込み可」 この文字が入口の扉横に貼ってあるのも、その頃からのものだ。店に併設して2DKのスペースがあり、私ももう以前のアパートを解約してこちらに移っている。外してもいいのだが、なんとなくそのままにしていた。 朝7時から夜9時頃まで、その日の客入りで閉店時間は異なるものの、これを週6営業日としている。50歳を過ぎて、嫁もいなければ趣味もない。このままのうのうと過ごしてもいいと思っていたが、やはり向き不向きが人間存在するのだと、この1年で感じたのだった。 カランカラン。 入口のドアベルが聞こえて、振り返る。 「いらっしゃいませ」 「あのー、アルバイトの募集を見て来たんですけど」 長い暗めの茶髪を揺らして入ってきたその女の子は、可愛らしく首を傾げた。 「あ、バイトの…」 次の言葉に少し迷う。まだ梅雨時だが、夏の終わりには閉店をするつもりだと、説明をしなければならない。1年ちょっと、一度も来なかったアルバイト希望者にこちらが戸惑うのもどうかと思う。 「住み込み可って文字があったので丁度良くて」 満面の笑みの彼女に、どう切り出したものかと思いながら、一先ず店内の席に案内をして、入口の〝open”の文字を〝close”に返した。
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