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営業開始。
「店長ー、これで合ってますかー?」
寂(さび)れた喫茶店に似つかわしくない明るい声が店内に響く。客入りは、まだない。
珈琲の基本の入れ方を、豆を挽くところから教えて一通りやってもらっていた。
「うん、それでいいよ。しかし、本当に働き始めるなんて」
苦い顔でそう言うも、彼女はまったく意に介していないようで、自分で入れた珈琲を満足げに口にしていた。
「あ、客引きがてら入口の掃き掃除してきますね」
そう言うと、飲み干した珈琲カップを洗って外に出て行ってしまった。
常識がないのかと思ったが、昨夜突然現れてそのまま住み着いた彼女は予想外に働き者のようだ。炊事洗濯も買って出て、今朝も早起きで仕事を教えてくれと言ってきた。彼女の行動は、なかなか読めない。
「しかし、店長なんて呼ばれるのも慣れないな…」
「そしたら、マスターにします?」
「えっ」
独り言を漏らしたつもりが、後ろから返事をされて驚いて振り返る。
「お客さんがなんて呼んでるのかも分かりませんし、どう呼ばれたいですか?」
キラキラとした笑顔がなんとも眩しい。もうとっくに枯れた私にもこの店にも、彼女は眩しすぎる。
「あー、そう言われると迷うんですが…」
カランカラン。
とそこまで言ったところで、本日最初の来店客だ。
「いらっしゃいませ」
私よりも先に、彼女がそう言ってお客さんのところへ行く。
「あれ、新しいバイトさんかい?」
毎朝来る近所の老人だった。60歳はゆうに越えているだろう、感じのいい男性客。
「はい、今日からお世話になることになりました、東条です。よろしくお願いします!」
「はっはっはっ、元気なお嬢さんだね。僕は高木だ。よろしくね」
喫茶店の店員と客が名乗り合うのも奇妙な光景だが、そう思っているのは今この場では私だけらしい。二人は楽しそうに話しながら席に向かっていた。
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