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この店は、元々質素なもんだった。老夫婦が経営していた頃のまま、私は内装も一切触らなかった。ここを気に入って来てくれているお客さんが、変化に戸惑わないように。何一つ同じとはいかなくても、変わらぬ空間を少しでも維持できるように。
「でもそれって、寂しくないですか?」
ある意味無駄のない店内のことを彼女が聞いてきたので、私なりの見解を話していた。
「寂しい?」
「だって今は淳さんのお店なのに、淳さんは老夫婦の代わりをしているだけみたい」
咲が不満げな顔で店内を見回していた。
「〝みたい”じゃなくて、その通りですよ。ここは私のお店ではなく、マスターたちのお店ですから。お客さんもそれを望んでいる」
「聞いたんですか?お客さんに」
間髪入れずに、彼女は問う。
「いや、…もう長い間続けてきたお店の雰囲気は、変えてはいけないでしょう。私も、そんなここが好きで通っていたんだ」
「それは、淳さんの話ですよね。ここ数日見てましたけど、今はお客さんも淳さんと馴染んでいるじゃないですか。自分を隠す必要なんてないのに」
たしかに、マスターからこの店を継いで一年以上が過ぎた。この考えは、私の勝手なエゴなのかもしれない。彼女に言われるまで、これが当たり前だと思ってきた。
「掃除だってすれば、空気ももっと良くなります。華やかに派手になんてしなくていいと思いますけど、お客さんのためを思ってできることはもっとあると思いませんか?」
自分より一回り以上歳の離れた彼女が、なかなかどうして大人びて見えて。私は一人、苦笑を漏らした。
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