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自由気ままに寄り道をする猫のように彼女が転がり込んで、6日が経った。驚くことに、彼女の噂を聞きつけたのか客入りが日に日に増えていた。
「ここって、こんなにお客さんが入るんですねー」
あっけらかんと他人事のように漏らして、彼女は一通りできるようになった仕事を今日もてきぱきとこなしていた。混むことのほとんどなかった店だけに、戸惑っているのは私ばかりのようだ。
「いや、君が働き出してから急にだよ」
珈琲豆や紅茶の茶葉が湿気る前に消費されるのは有り難いことだが、軽食といえど発注が追い付かずてんやわんやだ。今までのような食料の発注では間に合わなくなっていた。
「淳くん、最近どんどん客が増えてるねぇ。マスターたちが見たら驚くだろうね」
常連客の小沢が感心したように顎に手を当てる。淳と同じ歳くらいの男性だ。
「はは、これも全部、東条くんのお陰です」
「たしかに彼女べっぴんだし愛想もいいし、よくできた子だよね、ほんと」
小沢は見惚れるように、彼女から視線を外さない。年甲斐もなく頬を緩めるその姿に、妙な不快感を覚える。たかだか6日間、彼女と過ごしただけのこんなおっさんが。年甲斐もなく。
明日は約束の1週間だというのに、お試し期間中にここまで人気が出てしまうとは。今更断るわけにもいかなくなってしまった。
「淳さーん」
今日も愛想を振りまいて、彼女は私を呼ぶ。
「もう少しでモカ切れそうなんですけど、いつ届きますか?」
「あぁ、明後日には届くはずですが、足りなくなりそうですか?」
「明後日なら大丈夫だと思います」
仕事の覚えも早く、彼女に教えることはもうあまりなかった。こんなに仕事のできる彼女が、なぜこんな寂れた喫茶店に来たのだろう。そんな疑問がふと浮かぶ。
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