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◇ ◇ ◇
「まあ、それはお手数おかけして申し訳ないことを」
玄関先で出迎えた宗像の妻は、慎一郎が抱える夫を屋内に招き入れた。
「ただいまあー」と宗像は手を上げたが、すぐに壁を背にずるずるとへたり込む。
「尾上先生、いつも夫がお世話になっています。そして、こちらは」
彼女は秋良に目配せする。
「奥様ですね。この度はご結婚おめでとうございます」
宗像の妻が会釈をする仕草に、秋良は目を瞬かせた。
何だろう、この、何とも座りの悪い感覚は。
二の句が継げないままでいると、宗像が「水ー」と呻いた。
「ええ、お水ですね、用意しましょう」彼女は、ちょっとごめんなさいと言い置き、奥へ下がった。
「呑まれたな」
「……ああ、飲んださ」ふう、と酒臭い息と共に彼は応えた。
「秋良ちゃん」
「はっはい?」
「俺は、君のことが、大好きでしたっ!!」
酔漢らしい、なんとも紋切り型な口調で宗像は言った。
「けどっ、俺はぁっ! すまない、君とはケッコンできないっ!」
大きな声だったので、秋良は慌てる。
そこへ丸い盆にコップを携え、宗像の妻が来た。
宗像夫妻を除いた二人は石像のように固まった。
宗像はその後も譫言のように、好きだ、ケッコンだと喚き、「カミサン、ごめん!」と言ったが最後、再び切れたゼンマイ仕掛けの人形のように倒れた。
「水だぞ、飲むか?」
コップをさしだされた宗像は「……便所……」と言うなり、口元を覆う。
「ここではダメだ! 奥さん、トイレは?」
「このドアの向こうですわ」
宗像の妻はすっと指差す。慎一郎は友人を抱えてその方へ突進した。
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