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彼女の笑顔に、秋良ははっとする。まるで合わせ鏡の向こう側に映る自分を見ているようだった。座りの悪さを感じたのは、彼女の顔立ちや雰囲気が自分に似ていたからだった。
ふたりが宗像家を後にした時、すでに日を跨いでいた。
「そうか」慎一郎は後にしたマンションを振り返り、言う。
「以前から宗像の奥さんが誰かに似ていると思っていた。君にだったのか。奴は……」
彼は言葉を飲み込んだ。
人はもちろん車もまばらになった往来は静かに夜の衣を纏っていく。
「君の帰りが遅いと、また道代さんに叱られる」慎一郎はふっと笑った。
「母のことは気になさらないで。もう慣れっこでしょう」秋良も答えた。「帰宅が夜中になる日もありますもの」
「でも、きっと寝ずに待っている」
「……ええ。そうです」
レジデンツ脇にあった公衆電話から、慎一郎は水流添家の電話番号を押した。
電話の応対から、向こう側にいる母の様子が伝わってくる。
何時だと思っているんです? 慎一郎さん。二人とも子供ではないのは良くわかってますよ、でも、もう少し早く電話ぐらい入れなさいな! いい歳した大人なんですから! わかってます? わかっているわよね???
「こってり絞られたよ」受話器を元に戻しながら慎一郎は苦笑した。
「ごめんなさい」
「秋良が謝ることはない、道代さんの心配ももっともだから、何時になってもいいから帰ってきなさい、だそうだ」
「……はい」
「タクシーが見つかるまで、少し歩くこうか」
秋良はこくりと頷いた。
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