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「今日、日本に着きます」
そう連絡を入れた時、彼は「そうか」と応えた。
短いやりとりの中、今では口にせずとも何を考えているのかがわかるようになった。
帰国を喜んでくれている。
嬉しくて、たまらないのだと言ってくれている。
愛する人の真っ直ぐな想いより嬉しいものはない。
それは今の秋良にとって何より喜ばしいものだ。
わかっている、けど――
何かが枷になって、彼女を縛る。
まるで二人の立場が入れ替わったようだ。
慎一郎の元を、それこそ子犬のようにじゃれてまとわりついていたのは秋良。
彼女を扱いかねて弱り切っていたのは慎一郎だった。
その頃の風景が彼女の頭の中をよぎる。
慎一郎も、私と接する度に同じ思いをしていたのだろうか。
愛している。けれど、近づかせてはいけない、しかし……、と。
彼の側にいたら、不安は消せるのかしら。
私の思いはどこへ行くんだろう。
秋良は乗務中の一番気を抜けない瞬間ですら、今まで入り込んだことのない感情に揺り動かされて困惑した。
今からこんなことでどうするの。
お願い、あなた。おしえて。私はどうすればいい?
この不安は、解消できるの?
自分のことなのにまるで他人事のように。彼に助けを求めてしまう私。
助けて、慎一郎さん。弱くなった私を支えて。
幸せなのに怖い。
電話を切った後、秋良は人差し指をさすった。
そこには本来、彼から贈られた婚約指輪があるはずだった。
今は外していて手元にはない指輪が恋しい。
身につけていた期間はとても短かったのに、不在が寂しかった。
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