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◇ ◇ ◇
「おかえり」
彼女が声を出す前に、いや、ノックをする前に、ドアを開けて慎一郎は言った。
ノックする形を作った手のままで、秋良は慎一郎を見上げ、一瞬、目を逸らしてしまう。
――私、何してるの。
彼女はうつむきがちな視線を上げて、微笑んだ。まるで搭乗口で乗客を迎える時の職業スマイルと何ら変わりない。彼はいつもと変わらず、彼女を招き入れた。
秋良の変化に気付いていないのか、気付いているのに知らないふりをしているのか。
わからない。
彼が何を考えているのか知りたいと思ってしまうなんて。
日本を離れて音信が途絶え、会えないことなど今までも数限りなくあったことなのに、この変化はどうしたことだろう。
秋良は戸惑う。
変わったのは彼ではない、私の方。
きっかけは些細なことだ。
彼と過去に縁があった女性が現れたこと。
いちいち気にして嫉妬していては始まらない。
知り合いにまで幅を広げるとどれだけの人が彼と関わり合っていることか。
そこまで気にするの?
翻って言えば、自分にだって言えることではないか。
私は接客業をしている。人との出会いは慎一郎と比較にならない。
クルーも毎回変わる。彼らと円滑な人間関係を毎回築きなおしている。それと同じことだ。
私も、彼の外での活躍を喜ばしいものと受け止めこそすれ、いちいち気にしていてはきりがないわ。わかってる。
でも、彼を想い続けていた頃には、全く気にも留めなかったことなのに。
彼女はぎゅっと目を瞑った。
その瞬間。
秋良は彼の腕に包まれた。
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