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頬に当たるスーツの生地を通して伝わってくる温もりは今の彼女に必要なもの。
――あなただ。大好きな慎一郎さんの香り。
秋良はしがみついた。
彼女の思いに応えるように、彼女を抱く腕に力が籠もる。
今だけでも、私の醜い心を全て洗って流して、あなたのことだけ考えたい。
何の解決にもなってないけれど、それでもいい。
少し前の秋良には手が届かなかった彼が、私を抱いている。
ふたりきりになりたい相手はあなただけ。
どれだけの間、そうしていたことだろう。
小さく咳払いされて、はっと我に返った。
見ると、ドアの入り口に宗像が立っていた。
「おじゃまだった? だったね」
いけない。ここ、学校内だった。
秋良は身を離す。が、彼はその腰をがっちりと捉えて離さない。そして「もちろんだ」言ってのけた。
「ちぇーっ、ちっとも悪びれるところがないんだもんなあ!」宗像は口を尖らせた。
「悪いな、君にも覚えがあることだろう?」
「恋人迎えて嬉しいどころじゃない、なんて言うなよな!」
「その通りなのだから仕方がない」
彼、こんな人だった?
赤面を消す方法があったら教えてほしい!
見上げた先にある、眼鏡の向こうにある瞳は、泣きたくなるくらいに優しく秋良を見つめている。
「つまらん! こいつがヤニ下がっているところなんて、生涯見たくなかった!」
宗像の方も、明らかに冷やかしているのだ。
面映ゆくて幸せ。
そう、何も変わってはいない。
私のまわりの人たちはちっとも。
慎一郎だってそうなのだ。
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