第1章

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頬に当たるスーツの生地を通して伝わってくる温もりは今の彼女に必要なもの。 ――あなただ。大好きな慎一郎さんの香り。 秋良はしがみついた。 彼女の思いに応えるように、彼女を抱く腕に力が籠もる。 今だけでも、私の醜い心を全て洗って流して、あなたのことだけ考えたい。 何の解決にもなってないけれど、それでもいい。 少し前の秋良には手が届かなかった彼が、私を抱いている。 ふたりきりになりたい相手はあなただけ。 どれだけの間、そうしていたことだろう。 小さく咳払いされて、はっと我に返った。 見ると、ドアの入り口に宗像が立っていた。 「おじゃまだった? だったね」 いけない。ここ、学校内だった。 秋良は身を離す。が、彼はその腰をがっちりと捉えて離さない。そして「もちろんだ」言ってのけた。 「ちぇーっ、ちっとも悪びれるところがないんだもんなあ!」宗像は口を尖らせた。 「悪いな、君にも覚えがあることだろう?」 「恋人迎えて嬉しいどころじゃない、なんて言うなよな!」 「その通りなのだから仕方がない」 彼、こんな人だった? 赤面を消す方法があったら教えてほしい! 見上げた先にある、眼鏡の向こうにある瞳は、泣きたくなるくらいに優しく秋良を見つめている。 「つまらん! こいつがヤニ下がっているところなんて、生涯見たくなかった!」 宗像の方も、明らかに冷やかしているのだ。 面映ゆくて幸せ。 そう、何も変わってはいない。 私のまわりの人たちはちっとも。 慎一郎だってそうなのだ。
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