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「笹山治、四十六歳、国立の医大を経て大学病院の外科医となる。五年前に突如失踪し、その理由は・・・」
笹山は刑事の顔の前に右手を突き出し、話を制止させた。
「みなまで言う必要はありませんよ。」
その声に抑揚はなかった。
「刑事さん、いや園田さん。」
刑事は園田と呼ばれ息をのんだ。
笹山はその表情を見てほくそ笑んだ。
「どうして俺の名前が分かった。」
園田は出来る限り声を押し殺して、やや身を乗り出し詰め寄った。
笹山は無言で手帳のカバーを指さした。
そこには擦れた金の文字でR.Sonodaと刻印されている。
「手帳メーカーの名前だったら赤恥でしたね。いや中身を入れ替えて何年も使っているのだろうなと思いまして。」
クククと笑ってはいるが、目はどこか遠くを見ているようだった。
「それで刑事さん、あなたがお聞きになりたいことは、私がいのちをつくって差し上げた、村山夫妻のことでしょう。」
店の外では通学中の子供たちが笑いながら通り過ぎていった。
笹山は園田の顔をまじまじと見つめる。
園田はやりづらそうに目線を手帳に落とした。
「お前が村山夫妻と接触していることは分かっているんだ。ああ、亡くなられた後だから御一方だけだろうけど。」
さきほどよりも凄みの落ちた声で話す。
やはり笹山は園田の顔を見つめている。
「大丈夫、私の知っていることは全て話しますよ。包み隠さずに全てね。あなたには聞く権利がありますから、園田さん。」
笹山は目を細めると、口を閉じたまま口角を大きくあげた。本人は微笑んでいるつもりだろうが、園田は少し気持ち悪いと思ってしまった。
「私はあなたを待っていましたよ。」
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