プロローグ

3/3
前へ
/63ページ
次へ
「笹山治、四十六歳、国立の医大を経て大学病院の外科医となる。五年前に突如失踪し、その理由は・・・」 笹山は刑事の顔の前に右手を突き出し、話を制止させた。 「みなまで言う必要はありませんよ。」 その声に抑揚はなかった。 「刑事さん、いや園田さん。」 刑事は園田と呼ばれ息をのんだ。 笹山はその表情を見てほくそ笑んだ。 「どうして俺の名前が分かった。」 園田は出来る限り声を押し殺して、やや身を乗り出し詰め寄った。 笹山は無言で手帳のカバーを指さした。 そこには擦れた金の文字でR.Sonodaと刻印されている。 「手帳メーカーの名前だったら赤恥でしたね。いや中身を入れ替えて何年も使っているのだろうなと思いまして。」 クククと笑ってはいるが、目はどこか遠くを見ているようだった。 「それで刑事さん、あなたがお聞きになりたいことは、私がいのちをつくって差し上げた、村山夫妻のことでしょう。」 店の外では通学中の子供たちが笑いながら通り過ぎていった。 笹山は園田の顔をまじまじと見つめる。 園田はやりづらそうに目線を手帳に落とした。 「お前が村山夫妻と接触していることは分かっているんだ。ああ、亡くなられた後だから御一方だけだろうけど。」 さきほどよりも凄みの落ちた声で話す。 やはり笹山は園田の顔を見つめている。 「大丈夫、私の知っていることは全て話しますよ。包み隠さずに全てね。あなたには聞く権利がありますから、園田さん。」 笹山は目を細めると、口を閉じたまま口角を大きくあげた。本人は微笑んでいるつもりだろうが、園田は少し気持ち悪いと思ってしまった。 「私はあなたを待っていましたよ。」
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加